野尻浩司さん
カリフォルニア州立大学 ロングビーチ校・4年生・Kinesiology専攻


人間と人間のつながりを大切に

 小さな頃から活発だった、野球少年の野尻さん。小学校5年生の時、肘の痛みに悩まされ、あるドクターの診察を受けた。痛みの原因は骨盤のズレから生じるものだったが、肘の痛みの原因が、なぜ腰にあるのかを理解できなかった。ドクターは丁寧な説明の後に「トレーナーという仕事があるんだよ」と教えてくれた。それは、彼がトレーナーという仕事を初めて知った瞬間だった。
 高校入学後も野球を続ける一方で、トレーナーという仕事への興味が増していった。高校2年生の時、カリフォルニアに修学旅行に行った彼は初めて英語で会話し、自分の意思を伝える喜びと必要性を実感したという。そして、トレーナーになるための最高の環境と英語を学ぶことの2つを手に入れるためにアメリカ留学を決意し、2003年、フレズノカレッジに入学した。そこでのインターン経験がトレーナーとしての彼を大きく成長させた。
 フットボールのゲーム中に選手が足首を脱臼し、激痛に苦しむ選手を横にトレーナーの処置は冷静だった。「現実の厳しさに困惑しました」と語る野尻さん。しかし、実践を経験するなかで、トレーナーとしての自信が少しずつ芽生えていった。


トレーナーの必要性を日本に広めたい

 07年からCSULBに編入し、今はABA(アメリカン・バスケットボール・アソシエーション)とサンタアナカレッジで学生トレーナーとして活躍している。「トレーナーという仕事の必要性をもっと日本に広めたいです。そのために、アメリカでの経験を日本で活かしたいんです」。
 常に、トレーナーとは「人間と人間のつながり」ということを心に留めて、日々の勉強に励んでいる野尻さん。夢は、家族みんなでクリニックを開くこと。
 ある日、母親に電話で「40歳くらいでクリニック開こうかな?」と冗談半分で言ってみたところ、「私が経営する!」と大真面目に答えたそう。彼の夢は、今や家族みんなの目標となっている。
 「ケガをした選手と共にリハビリに耐え、選手として再起させる時にやっていて良かったと実感しますね」。そう語る彼は、選手を思いやる優しくも力強い目をしていた。

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インターン先での仕事仲間
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(Lighthouse2008年01月01日号より転載)