兼原麻弥さん
アメリカン・フィルム・インスティチュート・コンサバトリー 2年生・Producing専攻
自己表現の場を求めて
幼少の頃より、愛読家の父の元でさまざまな種類の本に囲まれて育った。特に歴史が好きだった父は、よく歴史上の出来事を通して「日本人であること」について彼女に語った。さらに幼いながらも日本人としての自分のアイデンティティーを叩き込まれた。
初めて異文化交流を経験したのは19歳の時。JICA主催の国際交流プログラムで、100人を超えるさまざまな国の人たちが日本に集まり、彼らとの合宿生活を通して相互理解を深めるものだった。
「英語を話したいと心から思いました。もし、話せたら一体世界中の何人の人間と話せるかと思うと本当に興奮しました」。
さらにこの時、もう1つ重要な発見をした。それは、父に教わった日本人としての自分がそこにいるということだった。
「みんな自分の感情や意見を表現するのが本当に上手でした。日本人として、自分をもっと表現していいのだと知りました」。さらなる自己表現の場を求めて短大卒業後、単身渡米を決意した。
心に響く映画を作りたくて
3Dソフトウェア製作の仕事をしていた時のこと。ある映像プログラムを見た瞬間、その世界に引き込まれた。「その瞬間から、夢中で映像と映画の勉強をしていました」。
大学卒業後、映像関係のフリーランスとして3年間働き、アメリカでもトップクラスの大学院AFI(American Film Institute Conservatory )に入学。数々の有名プロデューサーや監督をハリウッドに輩出しているこの大学院で、日々仲間たちと切磋琢磨した。
今は卒業制作として日系人収容所を舞台とした『Half Kenneth』(www.halfkenneth.com)という映画制作にプロデューサーとして参加。同映画は2人の幼い兄弟が収容所を抜け出し、さまざまな困難に立ち向かいながらも人を思いやること、助け合うことの大切さを説いた物語だ。
将来は自分の表現の場を世界に広げたいと言う。
「もう1度観たい、そう思ってもらえるような、そして、日本人としての心を大切に、人々の心に響く映画を作りたいです」。
世界を舞台にその熱い魂を表現してくれる日が楽しみである。
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(Lighthouse2008年04月01日号より転載)


