塩田麻衣子さん
UCLAメディカルスクール 2年生・Medical Science専攻


自分なりの医療を目指して

 幼い頃から読書好きで、物静かな性格だった。医者である父親の仕事の関係で、8歳でカリフォルニアにやって来た。その後、オレゴン、オハイオなどを転々としたが、文化や宗教の違いに戸惑うことも少なくなかった。
 オハイオの女子高では、少人数クラスで唯一の日本人として、疎外感を感じることもあった。「度重なる引っ越しで、さまざまな価値観に触れることができ、今では良い経験として振り返られるようになりました」。
 スタンフォード大学3年生の夏、日本へ一時帰国し、日本ではまだ馴染みの薄い性差医療(女性医療)を全国で広める医師について、1カ月間研修することになった。定年を過ぎても現役で診察し、日本の医療の向上のため、情熱を持って仕事に打ち込む先生を見て、心を打たれた。「医師として、1人の女性として、こんなに生き生きと人のためになる仕事ができるんだ」。
 日本文学や日本文化を始めとする東アジア学も修め、スタンフォードを卒業後、医学研究に1年を費やし、2006年にUCLAメディカルスクールに入学した。


患者さんを知るということ

 メディカルスクール入学後は、想像以上の勉強量に日々奮闘している。「ご飯を食べる時間ももったいないほどです」と笑う。カリキュラムの一環として、実際に医療の現場に立つ臨床研修があるのだが、日系人医師に同行して研修を受けた。アメリカにも、日本語を必要とする患者がたくさんいるという現実も知った。
 「患者さんの性格、仕事、家族といった生活のすべてを把握して、初めて本当の治療ができるのだと気付きました。患者さんと交わす1つ1つの言葉やコミュニケーションは、とても大切だと思います」。
 現在は6月にある医師免許試験に向けて勉強している。将来の目標は、いくつになっても自分の仕事を心から愛し、患者さんの立場に立てる医者になること。
 「自分なりの医療を確立して、世界を舞台に、患者さんの心も癒せるようになりたいです」。彼女の優しい微笑が、多くの病める人々の心に希望と勇気を宿してくれることだろう。


医学部の入学式でルームメイトと一緒に
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(Lighthouse2008年05月16日号より転載)