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   <title>となりの留学生</title>
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   <title>浅井みら野さん</title>
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   <published>2008-06-16T09:47:48Z</published>
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   <summary> 浅井みら野さん アズサ・パシフィック大学　３年生・Global Studies...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 浅井みら野さん
アズサ・パシフィック大学　３年生・Global Studies and Journalism専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/mirano_01.jpg" align="right" hspace=5><font color="#0066CC"><strong>【世界へ羽ばたくジャーナリスト】</strong></font>

<font color="#006600"><strong>ジャーナリズムは芸術である</strong></font>

　生後まもなく、父親の仕事の関係で故郷の長野を離れ、12歳までドイツで生活をしていた。ドイツの洗練された町並みと情景が、彼女の脳裏に今も焼き付いて離れないという。ある日、そこで一生忘れられない景色に出会う。フランクフルトの町が一望できる丘に行った時のこと。夕日が鮮やかに町一面を照らしていた。その町の外を見渡すと、やさしい金色の草原が広がっていた。「その時の感情はとても言葉では表現できません。この言葉にできない感動をもっと多くの人に伝えたいと思いました」。
　その手段として彼女が思い付いたのは、写真だった。写真家という職業もあったが、写真だけではなく、自分の仕事の可能性を広げるため、文章能力のスキルアップも必要だと考えていた。そんな時ある雑誌をめくっていると、トラベルジャーナリストという職業を目にした。今までに聞いたことのなかった職業だったが、その内容を調べていくうちにこれが自分の就きたい職業だと確信した。なぜなら世界を見てみたいというかねてからの思いと、言葉にはできない思いを伝えることの両方を実現できる仕事だったからだ。
　目標実現のために自分がしなくてはいけないことは、世界を駆け回るために必要な世界共通言語の英語を身に付け、国際感覚やジャーナリズムを勉強できる環境を見付けることであった。その条件を満たしているのが、留学という選択だった。こうして2005年9月よりアズザ・パシフィック大学に入学することになった。
　大学での生活は想像以上にハードで戸惑った。なかでも大変だったのが、ジャーナリズムのクラス。毎日の授業に追われ、課題、テストなど、日を追うごとに忙しさが増していった。そんななか、ただ課題をこなし、エッセイを言われたように書き、物事をただこなしているだけの自分に疑問を抱くようになる。
　そんなある日、クラスの先生が言った。「Journalism is Art.（ジャーナリズムとは芸術である）」。「そのひと言で、自分が本当に伝えたかったことを思い出しました。フランクフルトの景色を目の当たりにした時の、言葉にできない心の中からあふれ出てくる『思い』や『感情』を、自分の作品を通してみんなに伝えたかったんだということを」と彼女は振り返る。
　今は自分が書いた文章や撮った写真が、少しでも見る人の心に言葉にはできない温かいものを残せるようにと心がけている。将来の目標は、フリーのトラベルジャーナリストになること。「世界のすべての国々を駆け回り、世界にはまだまだ本当に美しいものがあるのだと、みんなに伝えたいです」。
　現在、JSN（Japanese Student Network）の活動、そしてインターンとしての仕事をこなしながら、日々目標に向かって邁進している。浅井さんの作品がドイツのやさしい夕日のように、多くの人の心を照らしてくれる日が待ち遠しい。


<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/mirano_02.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof2">ドイツの草原</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年06月16日号より転載）
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   <title>塩田麻衣子さん</title>
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   <published>2008-05-14T08:03:03Z</published>
   <updated>2008-05-08T08:11:22Z</updated>
   
   <summary> 塩田麻衣子さん UCLAメディカルスクール ２年生・Medical Scien...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 塩田麻衣子さん
UCLAメディカルスクール ２年生・Medical Science専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/maiko_new_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong>自分なりの医療を目指して</strong></font>

　幼い頃から読書好きで、物静かな性格だった。医者である父親の仕事の関係で、８歳でカリフォルニアにやって来た。その後、オレゴン、オハイオなどを転々としたが、文化や宗教の違いに戸惑うことも少なくなかった。
　オハイオの女子高では、少人数クラスで唯一の日本人として、疎外感を感じることもあった。「度重なる引っ越しで、さまざまな価値観に触れることができ、今では良い経験として振り返られるようになりました」。
　スタンフォード大学３年生の夏、日本へ一時帰国し、日本ではまだ馴染みの薄い性差医療（女性医療）を全国で広める医師について、１カ月間研修することになった。定年を過ぎても現役で診察し、日本の医療の向上のため、情熱を持って仕事に打ち込む先生を見て、心を打たれた。「医師として、１人の女性として、こんなに生き生きと人のためになる仕事ができるんだ」。
　日本文学や日本文化を始めとする東アジア学も修め、スタンフォードを卒業後、医学研究に１年を費やし、2006年にUCLAメディカルスクールに入学した。


<font color="#006600"><strong>患者さんを知るということ</strong></font>

　メディカルスクール入学後は、想像以上の勉強量に日々奮闘している。「ご飯を食べる時間ももったいないほどです」と笑う。カリキュラムの一環として、実際に医療の現場に立つ臨床研修があるのだが、日系人医師に同行して研修を受けた。アメリカにも、日本語を必要とする患者がたくさんいるという現実も知った。
　「患者さんの性格、仕事、家族といった生活のすべてを把握して、初めて本当の治療ができるのだと気付きました。患者さんと交わす１つ１つの言葉やコミュニケーションは、とても大切だと思います」。
　現在は６月にある医師免許試験に向けて勉強している。将来の目標は、いくつになっても自分の仕事を心から愛し、患者さんの立場に立てる医者になること。
　「自分なりの医療を確立して、世界を舞台に、患者さんの心も癒せるようになりたいです」。彼女の優しい微笑が、多くの病める人々の心に希望と勇気を宿してくれることだろう。


<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/maiko_02_x.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof2">医学部の入学式でルームメイトと一緒に</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年05月16日号より転載）]]>
      
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   <title>加藤葉月さん</title>
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   <published>2008-04-30T02:30:00Z</published>
   <updated>2008-04-30T02:31:51Z</updated>
   
   <summary> 加藤葉月さん カリフォルニア州立大学ノースリッジ校 ３年生・Theater A...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 加藤葉月さん
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校 ３年生・Theater Arts専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/hazuki_01_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong>モデルを通して映画の世界へ</strong></font>

　英語と日本語教師である母親には、海外出身の友人がたくさんいた。そんな母親の強いすすめもあり、アメリカ人の友人を通して小学校５年生から中学校２年生まで、毎年夏にアメリカで開催されるミッションスクールのキャンプに参加した。 
　始めはまったく乗り気でなかった。周りの同年代の子供たちは当然のように英語を話した。「自分だけが話せなくて本当に悔しかったです。帰国後は必死で英語を勉強しました」。英語が上達し始めると、どんどん英語が好きになっていったと言う。
　留学を決意したのは、１本の映画作品との出会いだった。作品名は『17歳のカルテ』。アンジェリーナ・ジョリー演じる精神病患者の役柄、そしてその映画自体の雰囲気に彼女は衝撃を受け魅了された。「こんな映画を作ってみたいと本気で思いました」。


<font color="#006600"><strong>異文化で身に付けた自己アピール力</strong></font>

　2004年９月、デアンザ・カレッジ入学。映画の勉強をしながら、クラブのチャリティーイベントにモデルとして参加することになった。参加者のほとんどがアフリカ系アメリカ人の中で、彼女は唯一の日本人だった。初めはその場の雰囲気に圧倒されていたが、１カ月も経つと共に切磋琢磨していく友人になっていった。２カ月間、ウォーキングの練習といったモデルのスキルだけでなく、異文化の中で自分の存在をアピールする方法も身に付けていった。
　「何回本番を経験しても足は震えますが、あの本番前の緊張感が本当に好きですし、何より自分に自信が付きます」。07年よりモデル、映画関係の仕事を本格的に始めるため、活動の拠点をロサンゼルスに移し、映画会社でのインターンを経験した。現在はモデルや演技の仕事を中心に活動し、仕事を通じて多くの人と出会い刺激的な日々を送っている。
　将来の目標は、アメリカの映画界で活躍すること。「90年代にエキセントリックな役を演じたアンジェリーナ・ジョリーのような個性的な役に挑戦したいし、映画制作にも関わりたいです」。ハリウッドの舞台で、スポットライトを浴びる日が楽しみだ。


<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/hazuki_02_x.jpg" width="199" height="298" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof2">ファッションショーのステージで</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年05月01日号より転載）]]>
      
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   <title>村田 慧さん</title>
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   <published>2008-04-16T01:51:15Z</published>
   <updated>2008-04-16T02:39:53Z</updated>
   
   <summary> 村田 慧さん カリフォルニア州立工科大学ポモナ校【Cal Poly Pomon...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 村田 慧さん
カリフォルニア州立工科大学ポモナ校【Cal Poly Pomona】４年生・Marketing専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/murata_01.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong>国と国を結ぶプロモーターに</strong></font>

　父が日本人、母は台湾人の両親を持つ村田さんは、幼い頃よりさまざまな文化を持つ人々に会う機会が多かった。両親が経営する中華料理店では、毎年中国の新正月を祝うイベントを開いており、日本に住む色々な国の人が店を訪れたという。「彼らと接し、自然と世界を見たいと思い始めました」と話す。
　小学校から高校まで、生徒会に所属し、あらゆるイベント企画に携わってきた。最も印象深いのは高校の卒業式。お決まりの卒業式をするのでは一生の記念にはならないと、卒業式の当日の朝、200名もの卒業生を近くの公園に集め、一生の記念として卒業式の式目にはない好きな歌を皆で歌うことが決定。本番では会場にいた先生、父兄一同驚きのサプライズをやってのけた。「卒業できないかも知れなかったですけど、企画する楽しさを知りました」。
　高校２年生の時、友人と共にアメリカに住む親戚を訪れる。「もっと多くの文化の違いを学び、多くの人に会いたい」と幼い頃に描いていた夢の実現化に向けて、留学を決意した。


<font color="#006600"><strong>東京ナイトは夢に向かう出発点</strong></font>

　充実した留学生活を送るなか、アーティストのプロモーターについての記事を発見。「こんな仕事があるのだと衝撃を受けました。そして、私に向いていると確信しました」。これが１つのターニングポイントとなったと言う。
　大学ではマーケティングを専攻し、プロモーターとしての必要な知識を必死で学んだ。さらに実践的なマーケティングスキルを磨くためにJSN（Japanese Student Network）に所属。今は４月27日に開催される「東京ナイト」という日系最大級のチャリティークラブイベントに向けて、プロジェクトメンバーの核となって活躍している。
　同イベントの目標として「日本人アーティストの活躍の場を広げる」というものがあり、まさに彼女が目指していることと一致する仕事である。
　「将来の自分の夢への第1歩として、たくさんの人に支えられながら、東京ナイトを最高のイベントにしたいです」。同イベントは、日本のアーティストを世界へ羽ばたかせる出発点になりそうだ。


<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/murata_02.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof2">JSNとJSAのバーベキューパーティー</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年04月16日号より転載）]]>
      
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   <title>兼原麻弥さん</title>
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   <published>2008-04-02T02:15:51Z</published>
   <updated>2008-04-02T02:53:15Z</updated>
   
   <summary> 兼原麻弥さん アメリカン・フィルム・インスティチュート・コンサバトリー ２年生...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 兼原麻弥さん
アメリカン・フィルム・インスティチュート・コンサバトリー ２年生・Producing専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/maya_01.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong>自己表現の場を求めて</strong></font>

　幼少の頃より、愛読家の父の元でさまざまな種類の本に囲まれて育った。特に歴史が好きだった父は、よく歴史上の出来事を通して「日本人であること」について彼女に語った。さらに幼いながらも日本人としての自分のアイデンティティーを叩き込まれた。
　初めて異文化交流を経験したのは19歳の時。JICA主催の国際交流プログラムで、100人を超えるさまざまな国の人たちが日本に集まり、彼らとの合宿生活を通して相互理解を深めるものだった。
　「英語を話したいと心から思いました。もし、話せたら一体世界中の何人の人間と話せるかと思うと本当に興奮しました」。
　さらにこの時、もう１つ重要な発見をした。それは、父に教わった日本人としての自分がそこにいるということだった。
　「みんな自分の感情や意見を表現するのが本当に上手でした。日本人として、自分をもっと表現していいのだと知りました」。さらなる自己表現の場を求めて短大卒業後、単身渡米を決意した。


<font color="#006600"><strong>心に響く映画を作りたくて</strong></font><br>
　3Dソフトウェア製作の仕事をしていた時のこと。ある映像プログラムを見た瞬間、その世界に引き込まれた。「その瞬間から、夢中で映像と映画の勉強をしていました」。
　大学卒業後、映像関係のフリーランスとして３年間働き、アメリカでもトップクラスの大学院AFI（American Film Institute Conservatory ）に入学。数々の有名プロデューサーや監督をハリウッドに輩出しているこの大学院で、日々仲間たちと切磋琢磨した。
　今は卒業制作として日系人収容所を舞台とした『Half Kenneth』（www.halfkenneth.com）という映画制作にプロデューサーとして参加。同映画は２人の幼い兄弟が収容所を抜け出し、さまざまな困難に立ち向かいながらも人を思いやること、助け合うことの大切さを説いた物語だ。

　将来は自分の表現の場を世界に広げたいと言う。
　「もう１度観たい、そう思ってもらえるような、そして、日本人としての心を大切に、人々の心に響く映画を作りたいです」。
　世界を舞台にその熱い魂を表現してくれる日が楽しみである。

<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/maya_02.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof2">『Half Kenneth』のプロジェクトメンバー</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年04月01日号より転載）]]>
      
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   <title>門田真一郎さん</title>
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   <published>2008-03-11T09:38:26Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 門田真一郎さん カリフォルニア大学ロサンゼルス校【UCLA】４年生Intern...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 門田真一郎さん
カリフォルニア大学ロサンゼルス校【UCLA】４年生<br>International Economics専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/kadota_01_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong>活躍の場を世界へ</strong></font>

　初めてアメリカを訪れたのは中学校２年生の冬。オレンジ・カウンティーに住む両親の知人のところへの家族旅行だった。元々英語が好きだったが、自分の英語力のなさを痛感する出来事が起こった。
　ファーストフード店で、店員にケチャップがほしいかどうか尋ねられ、理解できなかったところを一緒にいた知人の５歳の息子が手を差し伸べた。「しんちゃん、そんなこともわからないの？」とひと言。無邪気な子供の言葉にショックを受けた。
　ある日、知人の高校生の息子と一緒に地元の高校の文化祭を訪れた。熱気が増す多くのブースが立ち並ぶなか、さまざまな国の人が文化祭を楽しんでいた。その光景は新鮮で、「まるで小さな地球のように思えました」と話す。英語が話せたら、コミュニケーションがとれるだけでなく、色々な価値観を共有できるのではないかと思い、本気で英語の勉強を決意した。好奇心が旺盛で、行動力のある門田さんは2001年、高校留学を決意した。

<br>
<font color="#006600"><strong>共感する心を持つこと</strong></font><br>
　高校卒業後、短大を経て06年よりUCLAに編入、国際経済学を専攻した。日々勉学に励むなか、机に向かっているだけではなく、多くの人との交流を通して、実際に社会に飛び込むべきだと考えた。すると、持ち前の行動力からチャンスをつかむことに。
　それは、福井で行われた「国際平和映画祭JAPAN」での、通訳、映画の翻訳、そして重要な交渉の際のパイプ役だった。映画の翻訳は、「世界中の人々の願いである『平和』というトピックをどう翻訳すれば日本の方に共感してもらえるか悩みました」と語る。また重要な交渉の前日に渡された交渉内容の本を読んで勉強するなど、仕事の大変さも実感した。「この仕事を通して、世界を本当に身近に感じることができました」。将来の目標は、国際的なフィールドで活躍するビジネスマンだ。
　今までの経験を活かして世界中の人々と交わり、そして共感する心を持ち、人々を幸せにできるような仕事がしたいです」。日本を、そして世界を舞台に活躍する日はもうすぐそこまで来ている。

<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/kadota_02_x.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof2">国際平和映画祭のオープニング式典で</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年03月16日号より転載）]]>
      
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   <title>金谷聡子さん</title>
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   <published>2008-03-10T09:57:33Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 金谷聡子さん カリフォルニア大学アーバイン校【UCI】４年生・Law and ...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 金谷聡子さん
カリフォルニア大学アーバイン校【UCI】４年生・Law and Society専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/satoko_01_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong>安全な国<br>日本への誇り</strong></font>

　幼い頃から正義感が強かったため、警察官という仕事に憧れを抱いていた。弱い者のために戦う彼らは、理想の姿だったという。だが、高校２年生の時、ある事件がきっかけで、その理想はもろくも崩れ去った。それはストーカーである。恐怖に怯えながらも、思い切って警察に相談した。返って来た答えは、事件性のない現時点では、何もできないという悲しい現実だった。「なぜ何もしてくれないの？」、そんな警察官の対応に幻滅したのと同時に、怒りを覚えた。
　しかし、どんなことがあっても、警察官になる夢を諦めなかった。持ち前の正義感から「弱い人を守れないルールを、自分が上に立って、どうにかして変えたかった」という。高校３年生の時、地元の警察官との交流を通して、犯罪学の本場はアメリカだと知る。
　自立心を重んじる母親の理解とサポートもあり、視野を広げ、犯罪というものをより詳しく勉強するために、高校卒業後にアメリカの大学進学を決意した。

<br>
<font color="#006600"><strong>地域に根ざした警察官<br>犯罪を防ぐ重要性</strong></font><br>
　大学進学後、警察官志望を決定づける大切な授業と出会う。それは少年犯罪学だった。「少年たちは、なぜ罪を犯さなかったのか？」という逆の観点から彼らの心理を勉強し、重要なことに気付く。「犯罪は未然に防ぐことが何より重要です。親の愛情、地域の環境など、子供たちの日常生活の中にこそ、そのヒントが隠されているんです」。
　小学校３年生の時、交通安全を教えに来た優しい警察官の姿を今でも覚えており、刺激を受けた。こうした活動が、子供たちの安全への意識作りに重要だと考えている。「子供の教育だけではなく、親、先生、地域が一体となって子供を守っていこうという意識を作るその第一線に警察官がいるべきだと思います」。
　現在は法律事務所でインターンをこなし、知的障害のある子供がほかの子供たちと同じ教育を受けられる権利を学校側に申し立てる弁護のサポートをしている。
　将来の目標は、生活安全課や地域課に入り、地域に根ざした活動を展開、もしくは刑事課で国際的事件を扱うこと。さらに将来的には、警察学校の先生やアメリカでの留学の経験を生かし、日本の学生に犯罪学を教えたいと思っている。彼女の揺るぎない信念が、将来の日本の安全を創っていくことだろう。

<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/satoko_02_x.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof2">チューターのボランティアで生徒たちと</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年03月01日号より転載）]]>
      
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   <title>浅野陽介 さん</title>
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   <published>2008-02-07T04:42:28Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 浅野陽介さん カリフォルニア大学ロサンゼルス校【UCLA】４年生・Electr...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 浅野陽介さん
カリフォルニア大学ロサンゼルス校【UCLA】４年生・Electrical Engineer専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/yosuke_01_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong>日本を盛り上げたい </strong></font>

　アメリカ留学のきっかけとなる出来事が起こったのは、高校３年生のことだった。かねてより日本とは違った環境を経験したいと思っていた浅野さんは、父親の仕事の関係でアメリカに縁があったこともあり、オハイオ州の高校への留学を決意する。そこでの経験が、その後の彼に大きく影響することになる。
　アジア人がたった１人の高校で、彼を待っていたのは「いじめ」。言葉や暴力などは日常茶飯事だった。しかし、そんないじめに決して屈することなく、スポーツ、音楽、美術のモデルなど自ら積極的に行動を起こし、次第に周りに自分の存在をアピールしていった。３、４カ月経った頃、やっと周囲に認められ始め、いじめはなくなっていった。
　「この経験があったので、困難は絶対に乗り越えられると確信しました」と浅野さん。日本帰国後も、アメリカの大学進学に迷いはなかった。行動を起こし、結果を出す。そしてそれが認められて評価される。アメリカ生活を通して得たこれらの経験をより活かしたいと思い、もう１度海を渡った。

<br>
<font color="#006600"><strong>自分は日本人<br>日本人としての誇り</strong></font><br>
　アメリカで大学生活を続ける中で、日本という国をより学んだという。「海外を知るということは、自分の国をもっと知ることにつながると思います」。日本の文化、技術、伝統など、日本にいたら気付かなかったことが見えてくる。母国に対する思い、日本を活発で元気のある国にしたいという思いが強くなっていった。
　彼の将来のプランは、現場での実務経験を数年積み、経営コンサルタントとして活躍し、会社を設立することだ。「将来の日本を背負っていくような会社を見つけ、共に成長できるような会社にしたい」。現在は、留学予備軍から留学卒業生のサポートを目標に、IHRC（International Human Resource Connection）というサイトを立ち上げ、留学生の質の向上に取り組んでいる。
　「自分たちの活動を通して、日本の将来を担う学生が増えてくれると信じています」。そう語る浅野さんの目には、活気に満ち溢れた明るい日本の姿が映し出されていた。
　IHRCの詳細は、<a href="http://international-hr-connection.com">http://international-hr-connection.com</a>まで。

<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="abe_2_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/yosuke_02_x.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">IHRCのメンバーと一緒に</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年02月01日号より転載）]]>
      
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   <title>奥西紘子さん</title>
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   <published>2008-01-23T04:15:19Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 奥西紘子さん カリフォルニア州立大学　ノースリッジ校・４年生・psycholo...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 奥西紘子さん
カリフォルニア州立大学　ノースリッジ校・４年生・psychology専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/01_hiroko_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong> 思春期の若者の道しるべに </strong></font>

　小さな頃は大の勉強嫌いだったが、英語に目覚めたのは14歳の時。通っていた英会話教室のホームステイプログラムを知ったことから始まった。母親の強い後押しもあり、１カ月間、コロラドに滞在することを決めた。当時は言葉の壁にぶつかったが、ホスト先の家族はとても親切だった。「言葉は通じなくても、家族の温かみを感じられたんです」と紘子さん。15歳と16歳の時にも、同じプログラムを通してカリフォルニアのロンポックに短期ホームステイを経験。英語も上達し、ホストの家族とも深い絆ができたため、いつかここに戻って来ようと誓った。
　高校２年生の時、ニュージーランドに留学。最初は友達ができず、水をかけられるなど、17歳の少女にとって、つらい人種差別を受けた。「絶対に負けたくなかったし、私を認めさせたかったんです」。母親譲りの負けん気から、数カ月後には友人ができ始めた。国や人種の違いからくる思考や行動の違いなどに興味を持ち始めたのが、この頃だった。

<br>
<font color="#006600"><strong>すべてがつながった瞬間</strong></font><br>
　2003年、ロンポックに戻り、念願の短大に進学。しかし、自分が本当に何をしたいのかわからずに専攻を変える日々が続いた。そんな時、心理学の授業を受けた。「これだ！」と、今までの疑問や興味がつながった。
　心理学をより深く学ぶためにノースリッジに進学を決意。そこである先生と出会う。その先生のクラスは、先生自らの実体験を元に、生徒たちとオープンに会話をするといったもの。その人柄に魅了され、彼女のような臨床心理学者になりたいと思うようになる。今ではその先生のTA（Teaching Assistant）をする一方で、プライベートでは、母のように慕っている。
　「恩師と一緒に心理学の勉強をすることが何よりも楽しいです」。夢は、大学で心理学を教えること。もちろん理想の教師像は尊敬する恩師。そして、さまざまな経験をしている思春期の子供たちの手助けをしたいと考えている。
　「助けを必要としている思春期の子供を１人でも多く救ってあげたいです」と優しさで満ち溢れた笑顔で語った。

<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="abe_2_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/02_hiroko_x.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">TAのクラスの仲間たち</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年01月16日号より転載）]]>
      
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   <title>野尻浩司さん</title>
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   <published>2007-12-27T08:20:17Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 野尻浩司さん カリフォルニア州立大学　ロングビーチ校・４年生・Kinesiol...</summary>
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 野尻浩司さん
カリフォルニア州立大学　ロングビーチ校・４年生・Kinesiology専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/nojiri_01_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong> 人間と人間のつながりを大切に</strong></font>

　小さな頃から活発だった、野球少年の野尻さん。小学校５年生の時、肘の痛みに悩まされ、あるドクターの診察を受けた。痛みの原因は骨盤のズレから生じるものだったが、肘の痛みの原因が、なぜ腰にあるのかを理解できなかった。ドクターは丁寧な説明の後に「トレーナーという仕事があるんだよ」と教えてくれた。それは、彼がトレーナーという仕事を初めて知った瞬間だった。
　高校入学後も野球を続ける一方で、トレーナーという仕事への興味が増していった。高校２年生の時、カリフォルニアに修学旅行に行った彼は初めて英語で会話し、自分の意思を伝える喜びと必要性を実感したという。そして、トレーナーになるための最高の環境と英語を学ぶことの２つを手に入れるためにアメリカ留学を決意し、2003年、フレズノカレッジに入学した。そこでのインターン経験がトレーナーとしての彼を大きく成長させた。
　フットボールのゲーム中に選手が足首を脱臼し、激痛に苦しむ選手を横にトレーナーの処置は冷静だった。「現実の厳しさに困惑しました」と語る野尻さん。しかし、実践を経験するなかで、トレーナーとしての自信が少しずつ芽生えていった。
<br>
<font color="#006600"><strong>トレーナーの必要性を日本に広めたい</strong></font><br>
　07年からCSULBに編入し、今はABA（アメリカン・バスケットボール・アソシエーション）とサンタアナカレッジで学生トレーナーとして活躍している。「トレーナーという仕事の必要性をもっと日本に広めたいです。そのために、アメリカでの経験を日本で活かしたいんです」。
　常に、トレーナーとは「人間と人間のつながり」ということを心に留めて、日々の勉強に励んでいる野尻さん。夢は、家族みんなでクリニックを開くこと。
　ある日、母親に電話で「40歳くらいでクリニック開こうかな？」と冗談半分で言ってみたところ、「私が経営する！」と大真面目に答えたそう。彼の夢は、今や家族みんなの目標となっている。
　「ケガをした選手と共にリハビリに耐え、選手として再起させる時にやっていて良かったと実感しますね」。そう語る彼は、選手を思いやる優しくも力強い目をしていた。

<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="abe_2_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/nojiri_02_x.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">インターン先での仕事仲間</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2008年01月01日号より転載）]]>
      
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   <title>翁長明弘さん</title>
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   <published>2007-12-19T09:44:06Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 翁長明弘さん　 サンタアナカレッジ・P.E.専攻  少年たちの憧れの選手に 　...</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/">
      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 翁長明弘さん　
サンタアナカレッジ・P.E.専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/ryugaku_01_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong> 少年たちの憧れの選手に</strong></font>

　自然豊かな沖縄県出身の翁長さんは、外で遊ぶのが好きな活発な子供だった。アウトドア派の父と、剣道をやっていた母から受け継いだ運動神経は抜群だった。
　そんな両親の元、色々なスポーツに触れてきた彼が小学校５年生で選んだ部活は、バスケットボールだった。初めての本格的な部活動で、チームスポーツの楽しさを覚えた彼は、その後どんどんバスケットボールにのめりこんでいった。バスケット部では、持ち前の運動神経の良さからすぐにレギュラーとして活躍、見る見る上達していった。
　小学校６年生の時に観た１本のビデオとの出会いが、彼のバスケットへの熱をさらにヒートアップさせた。それは父が持って来たＮＢＡの試合の録画だった。「本当にすごかった。ダンクも初めて見たし、カッコ良かったです」。
　この１本のテープが彼に日本ではなく、アメリカでバスケットをしたいという思いを芽生えさせた。「中学生の時にはすでに、アメリカの大学に入学して、絶対にバスケをするんだって決めていました」。
<br>
<font color="#006600"><strong>常に挑戦者でありたい</strong></font>
　そんな思いが実現したのは今年９月のこと。サンタアナカレッジのバスケットチーム「ＤＯＮＳ」の入団試験を受けた。入団希望者の中で、唯一のアジア人だった彼は、身体的なギャップに戸惑いながらも、試験に見事合格した。「身体はでかいけど、スピードは通用すると思いました」。
　チーム入団後、積極的にチームメートとコミュニケーションを取り、共に競い合った。そんな彼の夢は、もちろんプロバスケット選手として活躍すること。そして、もう１つの夢は、彼の出身地の沖縄、そして日本をバスケットで盛り上げること。「夢は諦めたくない。努力することで叶えられると思う。もっと多くの人にバスケットの楽しさを知ってほしいし、子供に夢を与え、自分を育ててもらった周りの環境に恩返しができる人になりたい」。
　そんな少年たちの憧れの選手になれるよう、現在は身体を作り、レギュラーとしてチームに貢献することを目標としている。翁長さんがバスケットを盛り上げてくれる日が楽しみだ。
<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="abe_2_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/ryugaku_02_x.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">パーカッションのクラスメイトと先生</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2007年12月13日号より転載）]]>
      
   </content>
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   <title>葛西江美さん</title>
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   <id>tag:lcnavi.l-xs.jp,2007:/ryugakusei//2.73</id>
   
   <published>2007-12-05T01:13:59Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 葛西江美さん　 シトラスカレッジ・大学院生・Music専攻専攻  洋楽の世界を...</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/">
      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 葛西江美さん　
シトラスカレッジ・大学院生・Music専攻専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/emi_01000_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong> 洋楽の世界を求めて</strong></font>

　「景色、雰囲気、匂い、アーティストが曲を作った時に感じたすべてを私も感じたいんです」。母親がアメリカに興味があったことも影響し、高校生の時に洋楽の魅力に引き込まれていった。彼女の音楽観を変えたのは、ラジオの有線から流れてくる音楽だった。だが彼女には声が低いというコンプレックスがあった。
　しかし、このコンプレックスを一気に吹き飛ばしたのが、低音を輝かせることのできるジャズとの出会いだった。大学進学の時期だった彼女は、母親が持ってきた１枚のアメリカの大学のパンフレットをきっかけにアメリカ進学を決めた。シトラスカレッジにはアンサンブルのクラスがあった。そのクラスの中でも、トップレベルの黒人女性シンガーとユニットを組み、パフォーマンスをすることになった。
　「みんなに絶対に負けたくなかったんです」。持ち前の負けん気と情熱で見事パフォーマンスは成功。この経験を通して、彼女はシンガーとしての自信が芽生え、自分自身のバンドを持ちたいと思い始めた。
<br>
<font color="#006600"><strong>言葉を超えた何かを伝えたい</strong></font>
　彼女のバンドへの思いが２００５年に形となって現れる。「エミ・カサイバンド」の誕生だ。このバンドは、ジャズ、ファンクなどさまざまな音楽を奏でる。ライブでは、その小柄な体型からは想像できないエネルギーと感情をステージいっぱいで表現し、さらに彼女の最大の魅力であるその声が、観る者をカサイワールドへと引き込んでいく。
　あるライブでのこと。日本語で歌ったのだが、アメリカ人のお客さんがとても感動したと言ってくれたのだとか。「言葉や技術を超えて、心で伝わることってあると思うんです」。どんな言葉も、人種も超えて、自分たちの音楽が、聴く者の感情の部分に響くようにと意識しているという。
　そんな彼女の夢は、大好きな母のような・カッコいい女・になること。「そのために歌い続けたいんです」と語る彼女の瞳には、無限の可能性と歌う喜びが満ち溢れていた。シンガー葛西江美の進化はまだ始まったばかりである。エミ・カサイバンドの詳細は、<a href="http://www.myspace.com/emikasaiband">www.myspace.com/emikasaiband</a>
<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="abe_2_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/emi_02000_x.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">「エミ・カサイバンド」のライブで大熱唱！</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2007年12月1日号より転載）]]>
      
   </content>
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   <title>水島恵美さん</title>
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   <published>2007-11-27T15:00:01Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 水島恵美さん カリフォルニア州立大学ノースリッジ校・大学院生・Master o...</summary>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/">
      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 水島恵美さん
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校・大学院生・Master of Music, Performance専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/emi_01_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong> 音楽と二人三脚で人生を楽しむ</strong></font>

　姉の影響で３歳からピアノを始めた恵美さんは、中学、高校では吹奏楽部に所属、短大では音楽学科でパーカッションを専攻し、中学校の音楽の教員免許も取得した。しかし、別の世界も見てみたい、との思いから、大学では日本文学を専攻した。
　音楽とは違った世界を見て、「音楽を続けたい」という思いがより深まった。大学卒業後は、音楽の講師として幅広い年齢層の生徒と触れ合い、これがアメリカ留学のきっかけに。
　生徒と過ごす時間の中で、「耳の重要性」に気づかされた。「音楽と言語は共通の部分があるんですよ」。職場に英語を話す同僚がいたこともあって、英語と音楽が持つ無数の可能性が、アメリカ留学へと彼女を導いた。
　「人生は１度きりだから、楽しみなさい」。そんな言葉をかけてくれた父親も、現在カナダに語学留学中である。献身的な両親のサポートもあり、アメリカ留学に迷いはなかった。<br>
<font color="#006600"><strong>音楽は人生のスパイス</strong></font>
　「うれしい時も、つらい時も、音楽はそこにあって、自分を素直に表現してくれます」。そう語る恵美さんの卒業後の目標は、音楽の先生になること。そのモデルとなる人物に、恵美さんは２００６年より在籍していたシトラスカレッジで出会う。
　「彼女は音を聴いて、その人の音楽に何が必要か、何が優れているのかを瞬時に理解するんですよ」。指導は身体全体を使って音を表現し、時には踊ったり演技したりすることもある。そんな先生の姿を見て、自分も言葉を越えて生徒と音を共感できるような先生になりたいと語る。
　さらに、幼児教育にも関心のある恵美さんは、将来的には自分のスタジオを持ち、「音楽と言語の重要性」を子供たちに伝えていきたいと言う。必要であれば、英語でレッスンし、音楽を通して子供たちの言語、音楽、心を育てていけたら最高と、恵美さんは目を輝かせる。
　人生の目標は、100歳になっても音楽を通して人生を楽しむこと。いくつ歳を重ねても、音楽を楽しむことに年齢は関係ないことを、今後の彼女の生き方が証明してくれるだろう。
<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="abe_2_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/emi_02_x.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">パーカッションのクラスメイトと先生</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2007年11月16日号より転載）]]>
      
   </content>
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   <title>小菅綾子 さん</title>
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   <published>2007-11-20T15:00:01Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 小菅綾子 さん サドルバック・シティーカレッジ２年生・Food and Nut...</summary>
   <author>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/">
      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 小菅綾子 さん
サドルバック・シティーカレッジ２年生・Food and Nutrition専攻</strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/kosuge_01_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong> 母がくれた食の可能性</strong></font>
食の可能性
　「外食した記憶がほとんどないんです」。幼少の頃から、お袋の味ひと筋で育ってきた小菅さんは、いつも台所に立つ母の背中を見てきた。小学校の時、母の作ったお弁当がいつもクラスの注目の的で、毎日お弁当の時間が楽しみだったと語る。そんな小菅さんの母親は調理師免許を持ち、フレンチを勉強した。いつか自分も母のような料理を作りたいとの思いから、短大を卒業後、単身でイタリアへ料理修業に出た。
　フレンチを選ばなかったのは、母への尊敬と対抗心から。母を越えるにはフレンチではなく、イタリアンで勝負したかったのだとか。そこでの修業が料理への意識を180度変えた。特に印象に残っているのは塩の使い方。日本の料理とはまったく違った料理への取り組み方にとても良い刺激を受けた。「塩の使い方のような発見をもっとしたくて、栄養学を勉強しようと思ったんです」と話す。アメリカを選んだのは、自分の大好きな料理を英語で学んでみたかったからだ。<br>
<font color="#006600"><strong>食事で家庭を笑顔で満たしたい</strong></font>
　自分の作った料理を食べた人の笑顔が何よりの幸せと語る小菅さんの夢は、料理教室を開くこと。「食事は愛情の基本である」と彼女が断言するのには理由がある。父親は、片道２時間の通勤だったが、どんなに遅くても母の料理を食べに帰って来た。いつもは照れ屋な父だが、母の手料理を食べている姿は幸せいっぱいだったと語る。
　将来開いてみたい料理教室は、実践的なアイデアを取り入れた家庭的な教室。「これから先、長く、美味しく、楽に作れるレシピを生徒さんたちと一緒に考えて提供したいんです」。そのためには新しい料理作りに余念がないと言う。
　シェフや同じメジャーの生徒たちとの情報交換や、新しい店などの情報があれば、足を運び勉強する。「食べることも料理を作るのと同じくらい好きなので、楽しんでやっています」と小菅さん。
　先生と生徒という関係を越えて、１人でも多くの人の笑顔を増やせる料理を提供するために、小菅さんは今日も新しいレシピ作りに奮闘する。
<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="abe_2_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/kosuge_02_x.jpg" width="199" height="149" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof"> エプロン姿がチャーミングな小菅さん</div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">          </div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2007年11月7日号より転載）]]>
      
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   <title>広瀬　旋さん</title>
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   <published>2007-11-13T15:00:00Z</published>
   <updated>2008-03-19T09:11:16Z</updated>
   
   <summary> 広瀬　旋さん パサデナ・シティー・カレッジ【ＰＣＣ】・Radio Produc...</summary>
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      <name></name>
      
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      <![CDATA[<font color="#990000"><strong> 広瀬　旋さん
パサデナ・シティー・カレッジ【ＰＣＣ】・Radio Production専攻 </strong></font><hr color="#FFCC00" size="2" noshade>

<img src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/01_meguru_x.jpg" align="right" hspace=5><font color="#006600"><strong>音楽に携わって生きていたい</strong></font>

　「広い世界を駆けめぐる」という想いを込めて「旋（めぐる）」と命名した祖父。無類の音楽好きとＤＪへの強い憧れを授けたのは、ミュージシャンであり、ラジオのＤＪである父。「世界を見て、色々経験して来い」と背中を押してくれた。
　高校卒業後、シドニーへ語学留学。帰国後、ラジオのＤＪになるためのカリキュラムをリサーチ。結果、行き着いたのがパサデナ・シティー・カレッジ（ＰＣＣ）だった。２００５年6月に渡米、放送系の有名大学より本格的な設備が整っていた。ラジオ・プロダクション専攻では、ニュース原稿を読み、卓を操るだけでなく、マネージメントのクラスもあり、放送や音楽に関わるすべてを表舞台、裏舞台の両側から学ぶことができる。
<br>
<font color="#006600"><strong>ジャンルにかかわらずしゃべれて回せるＤＪ</strong></font>
　「ＤＪ」には、ラジオの「Disk Jockey」と、クラブで回す「Deejay」の2つの意味があるが、「しゃべれて回せるＤＪになりたい」と語る広瀬さん。自らが主催するレゲエ・イベント「Roots」は、昨年９月の立ち上げ以来、計20本ほどのイベントを打ち上げてきた。
　友人のＤＪ、R-Lowと共に、ラジオ番組『Radio Roots』を制作、ネット配信している。週ごとにクラブ音楽、ヒップホップ、レゲエ、80年代、と音楽のジャンルを分け、トークやゲストインタビュー、自分たちでセレクトしたお洒落な曲を届ける。ミクシィに開設した「ラジオ・ルーツ」のページに「マイミク申請（自分のページにリンクを貼りたいと申し出る作業）」をした人たちのみが聞ける仕組みだが、ユニークな企画を耳にし、日本からのアクセスもある。
　現在、ラジオ局KＰＣＣ（ＦＭ89・3）にて、ボードオペレーターとしてインターンを経験中。「卒業後は、ＫＩＩＳ（ＦＭ102・7）やPOWER（ＦＭ105・9）で仕事ができたらうれしいですね」。最終的な夢は、東京でＤＪになることだが、「とにかく音楽に携わりながら、生きていたいんです」と語る。
　「好きな音楽は？」との問いに、「ジャンルにかかわらず、何でも聴けるのが、自分のアドバンテージ」と広瀬さん。幼い頃から音楽に囲まれて育ってきた、正真正銘の音楽男児の放送デビューが待ち遠しい。
＊10月18日にNacional（1645 Wilcox Ave., Hollywood）にてRootsイベント開催。詳細は、http://roots.bzにて。
<table width="100%" border="0" cellspacing="0"><tr><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="abe_2_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/meguru_02_x.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof">ラジオ番組『Radio Roots』の<br>収録風景 </div></td></tr></table></td><td width="220" valign="top"><div align="center"><img alt="tonari_wave_x.jpg" src="http://www.lcnavi.com/ryugakusei/6666.jpg" width="199" height="199" /></div><table width="200" border="0" align="center" cellpadding="0" cellspacing="0"><tr><td><div id="prof"></div></td></tr></table></td></tr></table>


（Lighthouse2007年10月16日号より転載）]]>
      
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