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牛窪 伶 さん
UCLA・International Development Studies専攻
業種:商社 職種:営業
 日本の高校を卒業後、渡米。サンノゼのコミュニティーカレッジを経て、2005年9月にUCLAにトランスファーしました。将来はアメリカでの経験を活かしたいという希望があったので、実家から通える関東エリアにあるメーカーと商社を中心に受けることにしました。
 06年2月のキャリアフェアから本格的に就職活動を開始。1社から内定をいただきましたが、この段階では、自分に合っている職業とか何も考えておらず、やりたいこともまとめて言えなかったんです。面接を受けるうちに、人事の方から「あなたは営業に向いている」とアドバイスされ、自分でも営業向きだとわかりました。大学では東南アジアについて研究をしていて、将来は世界と日本の架け橋になる仕事をしたいと思っていたので、開発事業の営業業務に絞りました。

3次面接からは
質問も具体的に
 9月のジョブフェアでは、電機メーカーだけを受けました。たいてい2次試験までは自己PRが中心で和やかな雰囲気。しかし、3次試験からはまったく雰囲気が変わり、「同業他社との違いは何か」「10年後この会社で何をしているか」など、より具体的で深い質問をされます。この時から、自己分析というより、業界研究や会社の業務内容を知る必要性を感じ、同じメーカーでも何が違うのかということを調べたり、人事の方に直接聞いたりするようになりました。
 実は、1番辛かったのはこの頃。まだ、「他の会社を蹴ってもここがいい!」という気持ちになれる会社に会えていなかったんです。それをある会社の人事の方に見抜かれて、厳しく突っ込まれて…。「どこでもいいから内定が欲しい」という焦りの気持ちが出てしまっていたんだと思います。何かを考えていないと落ち込んでしまいそうだったので、友達から業界のOBの方につないでもらって話を聞いたり、日本から就職活動用の本を送ってもらって研究しました。

人事との対話が
次につながった
 11月のキャリアフォーラムでは、希望していた総合商社の面接を受け、12月に日本に帰国して最終面接。実際に会社に出向くことで会社の雰囲気がつかめました。12社を受けて6社から内定をもらい、そして、将来的にどのような人間になりたいかを考えて、辞退する企業を決めました。このプロセスは、就職活動で1番苦労したことかもしれません。
 ある会社を受けた時に、「営業にとって大切なものは、相手のニーズにどれだけ応えられるかを考えられるか」と言われたんです。そのひと言で営業に対する考え方が変わり、その後の面接の手応えもぐっと良くなりました。面接は次に必ずつながるので、どこを受けても決してムダにはならないと思います。

ひと言アドバイス
  ジョブフェアは積極的に利用すべき。また、将来の目標とタイムプランを明確にしておくこと。

タイムスケジュール
2006年
2月
  ジョブフェア(LA)にて就活開始。幸先良く最初の内定をもらう
 
6月
  2回目のジョブフェア(LA)。2社が3次面接へ進む
 
9月
  ジョブフェア(LA)。次のジョブフェア、または日本での面接へ進む
 
11月
  キャリアフォーラム(LA)で、日本での面接を予約。キャリアフォーラム(ボストン)に参加メーカーから内定、商社は日本での最終面接へ
 
12月末
  日本に帰国して1週間で最終面接
2007年
2月
  内定をもらった6社から1社を選択
 
3月
  卒業、4月入社予定

(Lighthouse2007年2月16日号より転載)


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